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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2472号 判決 1960年5月30日

控訴人(被告) 静岡県知事

被控訴人(原告) 川口和一 外一名

原審 静岡地方昭和二六年(行)第一〇号

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

静岡県農地委員会が昭和二十六年五月二十五日別紙目録記載の土地についてなした訴願棄却の裁決はこれをとりけす。

熱海市多賀地区農地委員会が昭和二十六年二月九日みぎ土地について立てた買収計画はこれをとりけす。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決をとりけす、被控訴人らの請求を棄却する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決をもとめ被控訴代理人は主文と同旨の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎのとおり補正するほか、原判決の事実らんにしるところと同じであるからこれを引用する。

(事実関係)

被控訴代理人の主張

(一)  従来控訴人であつた静岡県農業委員会の訴訟上の地位は「農業委員会等に関する法律」附則(昭和二九年法律第一八五号)26によつて静岡県知事においてこれを承継するものである。

(二)  原判決書二枚目表十一行目「二月十二日」とあるのは「二月九日」の誤、同裏一行目「同月二十五日」とあるのは「五月二十五日」の誤であるからそれぞれ訂正する。

(三)  被控訴人らが本件土地の一部に植樹したのは伊豆半島を襲つた台風の惨害にかんがみ静岡県土木課の奨励と補助により県から配送の苗木を植えたものであつて本件土地を山林とする目的でなしたものではない。

本件買収計画を立てた基本の買収申請書(乙第二号証)が適正を欠きかつ偽造のものであり、その上買受申請人も事情がわかつて耕作を辞退する意向である以上本件土地を買収する必要性はない。

控訴代理人の主張

(一)  本件については、はじめ昭和二十四年十二月十九日熱海市多賀地区農地委員会において買収計画を試みたがが、みぎ土地の大部分が急傾斜地であるため開拓適地選定基準の例外容認を受けなければならぬのをその手続を経ていなかつたのでみぎ計画は成立しなかつた。そこで昭和二十六年二月五日県知事から農林省にみぎ例外容認の申請をしたところ同年二月九日容認されたので同日みぎ農地委員会において正式に買収計画樹立の決議をしたものである。

被控訴人らはみぎ昭和二十六年二月九日までは本件土地の開墾に着手していなかつたので開墾はその後になされたもので、しかもそれは単に買収をのがれるための手段にすぎない。

前示のとおり本件の土地の大部分は急傾斜地で柑橘の栽培に適するのであるが無計画の個人開墾は土地の保全上有害である本件土地を政府において買収し、土地保全の面より畑はすべて階段工をなし土羽打とし、排水に留意するなどの計画的な開拓を要するのである。すなわち買収の必要性あるものである。

(二)  被控訴人らは、昭和三十四年中に本件土地の北東部一帯にわたり一間おきに松苗を植えた。すなわち被控訴人らは本件土地を山林として利用せんとするものであつて農地として開墾する意思のないこと明瞭である。

(三)  原判決書二枚目裏十二行目以下(二)記載の事実を否認する。未墾地買収計画、買収処分と売渡計画、売渡処分とは別個のもので、売渡計画はもちろん買受申請書を契機として樹立するものではない。本件土地について、売渡計画における買受人はまだ決定していないのにかかわらずあたかもそれが確定しているかのごとき被控訴人の主張は失当である。また、買受申請書が適正を欠き偽造のものであるとの主張は否認する。

(証拠関係省略)

理由

当裁判所は控訴人の請求を認容すべきものと判断するものであつて、その理由はつぎのとおり、訂正附加するほか原判決をここに引用する。

(一)  原判決書四枚目表末行「二月十二日」および同六枚目裏二行目「二月十二日」を各「二月九日」と訂正する。

(二)  甲第二号証、原審証人武知勇記の証言、原審ならびに当審における被控訴人川口国作の本人尋問の結果をあわせると被控訴人両名は昭和二十四年十二月二日訴外武知勇記から本件土地を買受ける旨の契約をして、その時から被控訴人両名で、みぎ土地のうち原審認定の部分を開墾したものであることを認めることができる。当審証人加藤政市の証言、乙第十号証その他の証拠によつてもみぎ認定をくつがえすことはできない。また控訴人は被控訴人のみぎ開墾は買収をまぬがれる手段にすぎないと主張するけれども乙第六号証その他の証拠によつてもこの事実をみとめることはできない。

(三)  成立に争ない乙第九ないし十二号証、当審証人五条矩典の証言により真正に成立したものとみとめる同第十三号証に同証言および当審証人加藤政市、同川口美雄の証言をあわせると、本件土地の買収計画樹立の経緯が前記控訴人主張(一)のはじめにしるすとおりであることを認めることができるけれども、みぎ証拠その他の証拠によつても、本件土地を被控訴人らの所有にとどめておくことは不適当で政府において買収処分をしなければ農地としての開墾の目的を達することができないとする事情を認めることができない。かえつて当審検証の結果(第二回)、当審証人川口彰の証言、当審における被控訴人川口国作本人尋問の結果をあわせると被控訴人らは他の家族と協力し本件土地を引続き開墾し畑地として、麦、野菜等を収穫し、将来はミカンの栽培を行う意思を有し、かつそのことが可能であることを認めることができる。

控訴人は、本件土地を開墾するには階段工をほどこし土羽打とし排水に留意するなどの計画的な開拓を要し被控訴人らの無計画な開墾は許されないような主張をしているが、前記のとおり被控訴人らにおいてすでに本件買収計画樹立前から本件土地の一部を耕作し、なお、引きつづきこれを畑地として開墾して将来はミカンの栽培をも行う意図を有することが認められる。そして、もしも、本件土地に控訴人主張のような施設をすることが、適当有利とするならば、被控訴人らも特別な事情がない限り控訴人主張のような本件土地、利用の工作もおのずからほどこされるものと期待できる。またかりに被控訴人らがかかる工作をほどこさずして開墾をするおそれがあるにしても、元来既に開墾せられた農地である場合当該農地に控訴人主張のような施設をなすことを適当とするときにおいても、その施設がないことを理由としてこれを買収することを許した規定はない。したがつて将来開墾せらるべき未墾地につき、所有者においてかかる施設をすることがないであろうとの理由を以て、未墾地買収をすることができないこと、また理の当然である。

(四)  成立に争ない乙第十四号証の一、二当審における検証の結果(第二回)、当審証人川口彰の証言によると被控訴人の長男である訴外川口彰は、昭和三十四年中自己所有地三反歩内に松苗千本を植え、森林組合を通じて県当局にみぎ植樹による補助金交付の申請をしていることを認めることができるけれども本件土地内に植樹したみぎ松苗はそのうち百五十本ないし二百本にすぎず、かつ、みぎ植樹は県の係官の実地調査による勧めによつて水源の確保と防風の目的のためなしたもので本件土地を山林として利用するためでないことみぎ証人川口彰の証言によりあきらかである。

(五)  以上(二)ないし(四)の事実は原審認定の本件土地買収の必要性ないことをいつそう確めるものであり、この認定をくつがえすに足る信ずべき証拠はない。

すなわち被控訴人の請求は正当で本件控訴は理由がないが、控訴人は当審において、訴願にたいする静岡県農地委員会の裁決とりけしに加えて熱海市多賀地区農地委員会の立てた本件土地買収計画のとりけしをもとめたので原判決を変更すべきものと認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

(別紙目録省略)

原審判決の主文、事実および理田

主文

原告網代土地株式会社の請求はこれを棄却する。

被告が昭和二十六年五月二十五日別紙目録第一、記載の土地につきなした訴願棄却の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は原告網代土地株式会社と被告間に生じた部分は同原告の負担とし爾余の部分は被告の負担とする。

事実

原告会社代表者及び原告和一、同国作両名訴訟代理人は「熱海市多賀地区農業委員会が昭和二十六年二月十二日別紙目録第一記載の土地に対して定めた買収計画に対し、原告のなした訴願につき昭和二十六年五月二十五日被告がなした訴願棄却の裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告会社はもと本件係争地の所有者であつたものであり、原告和一、同国作は昭和二十五年十二月二日右土地を訴外武知勇記の手を経て譲受け昭和二十六年九月十五日原告国作名義を以つて所有権移転登記を完了し、現にその所有者である。

多賀地区農業委員会は自作農創設特別措置法に基き昭和二十六年二月十二日本件係争地を原告会社所有の未墾地として買収計画を定めてこれを縦覧に供したので原告等は同月二十七日同委員会に対し異議の申立をなしたが同年三月十二日却下せられ次いで被告委員会への訴願も亦同月二十五日付を以つて棄却せられ、その裁決書は同年五月二十九日送達せられた。

しかしながら(一)本件土地は農業委員会が本件計画を立てる前である昭和二十四年十二月中原告川口国作同川口和一が買入れて開墾に着手した土地の一部であつて所謂未墾地とは言えないものである。抑々一定地域の未墾地を開墾するには必ずその一部づつ開拓されるものであつて全部を一時に開墾し得るものではない。従つて一定地域の土地に対して、開拓の意思をもつて開拓事業に著手した以上、もはや、その一定地域は未墾地とみるべきではない。本件地域も譲受人が境界の線を設置し、下部より徐々に開墾に著手し来つたものを多賀地区農業委員会は、未墾地と称して買収計画を樹立したもので、かくの如きは法の悪用である。(二)又本件土地の買入れ申込人は熱海市在住のものであつて、同地に於て上部に位する農家であり、本件土地なくしては生計に支障を来すと言うのではないのに反して原告川口国作は三人の子供が従来漁業に従事して来たがそれのみでは生計を立てるに十分でないので本件土地を入手してこれを子供に夫々配分して生活の安定を得しめようとしたのである。法が未墾地の買収を認めたのは放置せられている遊休地帯を農業生産に資せしめんと言う趣旨から出たものであることからするも本件の如くに已に漁業を主とする原告川口両名が漸く土地を得て一家を総動員して開墾に従事しつつある実情を無視してその重要部分を取上げんとするは非道の処置でこれを要するに本件買収計画はその必要なくしてなされた違法のものであり、従つて右買収計画を維持した本件裁決も亦違法であるから右裁決の取消を求むる為本訴請求に及んだものであると述べ、被告の主張に対して別紙目録第二、記載の土地を原告川口両名が現実に開墾したことは争わないが、右開墾は買収計画樹立前に著手したものであると附陳した。

(証拠省略)

被告訴訟代理人及び指定代理人等は「原告等の請求を棄却する」との判決を求め答弁として原告等主張の日時に、夫々本件係争地に対する買収計画の樹立これに対する異議申立同却下、訴願並びに同棄却の裁決のあつたことは認める。しかしながら本件係争地は原告会社所有のものであつて原告和一、同国作の所有に属するものではない。而して本件係争地については昭和二十四年十一月十日訴外平井菊夫外二名の買収申請があつて慎重調査をすすめ同年十二月十五日買収の決議をなしたものであるが原告等は右買収手続進行中に擅に起耕し、別紙第二、目録記載の地域を開墾するに至つたものである。すなわち本件係争地は未墾地であるから、これに対する本件買収計画は適法であり、原告等の請求には到底応じられないと述べた。

(証拠省略)

理由

別紙目録第一記載の土地につき、熱海市多賀地区農業委員会が昭和二十六年二月十二日買収計画を樹立し、之に対し原告等より異議申立があつたが却下せられ、更に被告に対し、訴願の申立があつたところ、昭和二十六年五月二十五日訴願棄却の裁決があつたことは本件当事者間に争ない。

然るところ原告訴訟代理人は、本件土地は元原告網代土地株式会社の所有であつたところ、昭和二十五年十二月二日訴外武知勇記の手を経て、原告川口和一、同川口国作両名に於てこれを譲り受け昭和二十六年九月十五日原告国作名義をもつて所有権取得登記をなしたものであると主張し、之に対し被告は右土地は依然原告会社の所有に属すると抗争するので先ずこの点について判断するに、証人武知勇記の証言により真正の成立の認められる甲第一号乃至第三号証、同証人の証言並びに原告国作本人訊問の結果を綜合するに本件係争土地を含む通称総代山一帯は、元原告会社の所有であつたところ、昭和二十年十二月頃訴外武知勇記が約六十万円を以て、その一部十万坪分を原告会社より買受けることとし、中二万坪は、本件係争地を含む通称森林地帯約六万坪中より分割することに定めたが同地域は当時まだ坪数不詳の為、右二万坪は、大よそその位置を定めたに過ぎず明確な境界は確定しなかつた。その後昭和二十四年十一月頃に至り原告国作、同和一が同訴外人に右二万坪中六千坪を買受けたい旨の申入れをなしたので、同訴外人は、右森林地帯の他の買受人訴外山崎新一の諒解を受け本件土地を含む六千坪の土地を金十二万円を以て原告和一、同国作に売渡す契約をなし、いずれ後日右二万坪の分割が出来た時に正式に売渡手続を完結することとした。そして昭和二十五年三月六日右森林地帯について同訴外人と右山崎新一との共有関係が消滅して分割が行われたので前記売渡契約を完結するため、同訴外人と原告川口との間で更に契約書を作成し右土地の所有権移転登記も昭和二十六年九月十五日に完了したことが認められ、右認定を覆すに足る何等の反証もない。然りとすれば本件係争地はすでに名実共に原告国作同和一の所有に属するから、本件土地が原告網代土地株式会社の所有であるとの被告の主張は理由はない。併しながら本件土地が原告会社の所有に属せざる以上原告会社は現在に於ては本件買収計画や被告のなした裁決を争うべき何等の利益を有しないものと言わなければならない。尤も本件弁論の全趣旨に徴すると本件買収計画は原告会社所有の未墾地として樹立せられた結果原告会社よりも異議訴願がなされ従つて原告会社に対し該裁決の送達せられたことを窺知することが出来るけれども単に形式上行政処分の相手方名義人たるの故を以て直ちに権利を侵害されたものと同一視し得ないことは極めて明かなところであるから原告会社において他に本件行政処分により何等かの権利を侵害されたことの主張立証のない本件においては、同原告は訴の利益を有しないものと言うべく、よつて原告会社の請求は爾余の点の判断をまつまでもなく、この点に於て失当であるから棄却すべきものである。

そこで進んで原告和一、同国作の請求につき、本件係争地が未墾地なりや否やの点につき判断するに本件係争地中別紙目録第二表示の地域約二十四坪五合がすでに開墾せられ、耕地となつていることは当事者間に争ないが証人山本源吉の証言原告国作本人訊問の結果並びに検証の結果に徴すると、本件係争地は東北より西南に走る網代山の北西側斜面の一部であり山頂より山裾にかけて末広がりに開いた梯形の地域で傾斜度は略十五度乃至三十度をなし西側の境界は沢状をなして、処々に直径約三十糎の切株が点在し中央部は中腹より山頂に向い直径約三十糎の樟木が、東側境界に添つては直径約七糎の松の木が夫々点在する外一面に灌木雑草が密生する約一町八反余に及ぶ雑木林であつて前記の区域を除いた他の地域は未だ全く開墾されていないこと、尤も別紙目録第二、記載の前記畑地は原告国作が本件買収計画樹立時である昭和二十六年二月十二日迄に開墾したものであることが認められる。右認定に反する証人加藤政市、同平井菊夫の証言は措信せず他に右認定を左右するに足る証拠はない。原告等は一定の土地を開墾するには全部を一時に開墾し得るものではないから、一定地域の土地に対して開拓の意思を以て開拓事業に着手すれば最早その一定地域は未墾地とみるべきではないと主張し、本件係争地中すでにその一部分が買収計画樹立前開墾せられていたことは前記認定の通りであるけれども、未墾地なりや否やは(買収を相当とする未墾地なりや否やの点は暫く措き)専らその土地が現実に開墾されているか否かの現況により判断すべきものであつて、たまたま広大なる地域の極一少部分につき多少の開墾がなされたとしても、これを以て直ちにその全地域が既墾地となるもの換言すれば未墾地たるの性質を失うものではないと解すべきであるから原告の右主張は理由がない。

次に原告らは本件買収計画はその必要なくしてなされたものであるから違法であると主張するので、この点につき考えてみると、自作農創設特別措置法の定める未墾地買収は自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進のための必要がある場合に行うものであるからいま、その所有者において開墾に着手したる未墾地を後者すなわち増反の目的で買収せんとするには、すべからく、右土地所有者をして開発せしめるよりはこれを買収して開墾せしめることが適策であり且その必要あるゆえんが明かでなければならない。ところで、本件未墾地については既に原告川口等両名が買収計画樹立前に開墾に着手していることは前記認定の通りである。被告は原告等が本件未墾地を開墾し始めたのは本件買収計画を樹立する為被告に於て実地調査を始めた昭和二十四年以降であつて、専ら買収を脱れる為の行為であると主張するが、被告の全立証を以てしても未だ右主張事実を認めるに足らない。而して、本件未墾地買収計画が増反の目的でなされたことは被告弁論の全趣旨により明かであるが、かように原告川口両名をして開墾せしめるよりも、これを政府に於て買収して開発せしめることがより一層適策であり且その必要あるゆえんの具体的事実については本件にあらわれた全証拠を、斟酌するも未だ到底これを首肯するに足りないから本件未墾地買収計画は、ひつきようその必要なくして樹立せられたものと認むるの外なく従つて自創法第三十条に定むる買収の要件を欠き違法なるものと断ぜざるを得ない。そう考えると本件裁決も違法なる未墾地買収計画を正当として支持したる違法があるから到底取消を免れないものと言わなければならない。

よつて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。(昭和二八年一一月二七日静岡地方裁判所判決)

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